吉村昭:敵討 (2003)
7 月 11th, 2006
父と伯父を殺した犯人を追って脱藩。浪人となって敵を追うが、行方はまったくつかめず、生活は徐々に困窮していく(表題作:敵討)。
幼いころ、両親を惨殺された六郎は、片時も敵討ちのことを忘れたことは無い。しかし時代は明治に入り、敵討ちは殺人罪になってしまった(最後の仇討)。
特段の情報網が無いころに、ひとりの人間を探すのは相当な困難であっただろう。島抜けなどを読むと、当時の警察機構の情報網に驚かされるが、個人ではそのようなものを使えるはずはない。おそらく、希望もかなわず誰からも忘れられて消えていった人々は、相当多いはずであると思う。
明治維新後の敵討ちを書いた「最後の仇討」は、さまざまな示唆に富んでいて面白い。法は、自身の厳正さを保つために融通の利かなさ(あるいは中立性)を持ってしまうのは当然だと思うが、同時に両親を惨殺された人の胸中も理解できる。
そういえば、敵討ちが合法化される近未来をかいた劇画(松本次郎「フリージア」)もあった。


