塩野七生:ローマ人の物語 ハンニバル戦記

1 月 20th, 2009

塩野七生によるローマ史の本。

文庫3巻では、第1次ポエニ戦争とその後が語られる。シチリア島の都市抗争に介入したローマは、島の西半分を支配していた北アフリカの海軍国・カルタゴと衝突する。ローマはカルタゴとの戦争ではじめて海軍力を組織し、シチリア島からカルタゴの影響を排除することに成功する。カルタゴではローマとの講和後に傭兵の反乱が起こるが、これを平定したハミルカル将軍は将兵とともにスペインに移動し、その地の支配を始める。

文庫4巻では、第2次ポエニ戦争が語られる。カルタゴのスペイン総督となったハミルカルの子・ハンニバルは、ローマ側都市を攻めてローマから宣戦布告を引き出すと、一路イタリア方面へ軍を向ける。
アルプス山脈を越えて突如イタリア半島に現れたハンニバル軍はローマ軍と会戦し、たくみな戦術によって勝利する。ハンニバルは南下してローマ周辺都市を略奪し、半島南部のカンネでローマ軍をまたも破る。これ以後ローマは作戦を変え、まだ離反していない周辺諸都市への対応と、ハンニバルの補給分断を意図した持久作戦へと変化する。
ローマの持久作戦が奏功してハンニバルから主導権が失われつつあった頃、ローマでは年齢不足のスキピオが軍司令官になり、ハンニバルのお膝元スペインに侵入する。

文庫5巻では、第2次ポエニ戦争終結とその後が語られる。スペインを平定してローマに帰還したスキピオは、年齢不足ながら執政官となり、シチリア島へ着任する。その地で兵力を増強すると北アフリカへ上陸し、ヌミディア王国を攻める。その後、イタリア半島から戻ったハンニバルとついにザマで会戦し、これを打ち破る。カルタゴはローマと講和し、ハンニバルは祖国の内紛によってシリアへ逃れる。
その後、ローマは周辺国の抗争や内紛に介入することが増え、ギリシャのマケドニア王国、北アフリカのカルタゴを攻めることになる。そしてこれらの国は、歴史の幕を閉じることになった。

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