10 月 14th, 2006
税理士として開業し、税務・経理を中心とした企業コンサルタントを営む著者による本。内部資源と外部資源から自社の有利・不利を知るSWOT分析や、業界を2つの軸で分析するポジショニング分析など、まずは教科書的な経営学手法で自分の事業を詳細に計画せよと指摘する。
やってもらって当然(ニーズ)に加えて、やってもらうとすごくうれしい(ウォンツ)を消化せよといい、他業種や競争の激しい業界であたりまえになっていることを事業に取り込んでみせよとアドバイスする。税理士の独立起業本というと、経営戦略面はお茶を濁す程度が多いが、こうした点に内容があるのはあまり多くないという気がする。
経理実務面では、例えば現金出納帳を廃して事業主貸で処理せよとかいう興味深い指摘もある。しかし出色の面白さは、公的支援制度や銀行融資を有効活用するアドバイスだろう。本書によると、銀行員融資担当者向けの研修マニュアルがあるというが、確かに銀行研修社という出版社から多数出されているようだ (Amazon:和書(銀行研修社)
)。税理士が関わる決算書は要注意だとか、粉飾を見分けるポイントはここだとか、銀行員のさらに裏をかく手法が述べられており、それが実用的かどうかはおいたとしても極めて面白い。
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10 月 14th, 2006
獣医学者で、動物の遺体解剖を天職とする著者による本。動物の体を系統と適応という2つの観点から分析し、素人にもよくわかるストーリーにブレークダウンする。それは極めて示唆に豊んだ物語やエンターテインメントへと変化し、最先端の知が人々の日常とつながっているのだと思わせるリアリティがある。
例えばゾウの腎臓にある溝が、クジラ、イルカ、シロクマのもつ葉状腎の名残ではないかという仮説を提示し、5000万年前のゾウの祖先は海を泳いでいたのではないかと言ってみせる。遺体解剖とその所見という専門化レベルの話が、こうした面白いイメージとつながってしまうのでは、著者がこれほどまで解剖に熱中するというのも理解できるところである。
解剖男 (講談社現代新書) 遠藤 秀紀
講談社 (2006-02)
ISBN-10: 4061498282
ISBN-13: 9784061498280
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10 月 13th, 2006
1972年、酷寒のアンデス山中にウルグアイの学生ラグビー選手ら40数名を乗せた飛行機が墜落。食糧不足から仲間たちの死体を口にするようになり、70日余り後に16名が生還する。この事件は、「アンデスの聖餐」として知られている。
この件の人肉食に関しては、生存のためにやむを得なかったというのが多くの見解の様で、ことらさ問題にする気はない。しかし遭難話は数多くあるのだが、なぜ人肉食に至るものとそうでないものがあるのだろうか。換言すれば、人肉食を受け入れるという価値観の大転換が行われるのは、どんな状況なのだろうか。
状況を分析すると、おそらく3500メートル以上という場所と、非常に寒いという気候状況があるようだ。すなわち、1) 自力の食料調達が絶望的、2) 空気が薄く体力の消耗が急速、3) 低温のため死体の保存がきく、という点にあるように思われる。佐野(1995)のケースでは、死者を保存すると筏の状況が悪化したうえ、沈没の危険もあったし、精神的には死を迎え入れる準備ができていたと思われる。松田(2000)のケースは食べる死体が無かったし、小野田(1995)では家畜が豊富で、それらの備蓄方法にも習熟していた。
よく考えると、アンデス以外のケースはほぼ単独で、組織立った行動とは無縁だった点もある。おそらくそうした状況では、人肉食に至る前に死を受け入れるのだろう。アンデスでは、水分は十分だったが周辺環境は厳冬の冬山で、単独であれば生存をあきらめそうな状況であった。しかし、かなりの大人数であったために、良くも悪くもお互いの影響があって精神衛生は維持されていたと思われる。
文化や倫理的な面で日本人は人肉食に至らないのか、と考えたが、この点ではWikipedia:カニバリズム/日本のカニバリズムが反証材料になるかもしれない。日本でも過去には、人肉食にいたる例が数多くあったようで、その事件の性質のために、事実関係が明確にされたり追及されたりすることは少ないようだ。またそのために、日本では人肉食は稀だという印象を持ってしまいがちのようである。
【関連書籍】
合田一道:裂けた岬―「ひかりごけ」事件の真相 (1994)
太平洋戦争中、知床で遭難。同僚の死体の肉を食べて生還した記録。
生存者 (新潮文庫) P・P・リード,永井 淳
新潮社 (2000)
ISBN-10: 4102188010
ISBN-13: 9784102188019
カテゴリー: ノンフィクション |
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10 月 13th, 2006
米国での死体横流し事件のほか、死体が大学医学部や医療機器メーカーに売られていくビジネスを取材したドキュメンタリー。米国は日本と違い、火葬件数は全体の10%程度と少ないが、葬儀習慣の点でも大きな違いがある。そうした点が悪く作用し、死体が取引されるビジネスが発生したようだ。
日本では故人の死後、遺体と遺族が過ごす習慣がほぼルーチン化されているが、米国では火葬業者に遺体が引き渡されたあとは、骨として戻ってくるまで、遺族の目からは完全に隔離される。火葬炉に入るときのセレモニーも無く、炉から出たお骨を拾うことも無い。むしろお骨は完全粉砕の遺灰状態が好まれるようで、実際は別人のものでもわからないようだ。
こうした状況が死体ビジネスを活性化したようだが、大学病院では不足する解剖実習の対象として、メーカーでは医療器具のセミナーなどで利用されるという。ただ、死体ビジネスは現在に始まったことではなく、19世紀では死体盗掘者によって行われていたようだ。
【関連書籍】
吉村昭:白い航跡 (1995)
主人公の高木が留学した英国の病院は、本書に出てくる死体盗掘の舞台だったか?(記憶あいまい)
裂けた岬―「ひかりごけ」事件の真相 (1994)
厳冬の知床で遭難した船長が、同僚の死体を食べて生き残るノンフィクション。
P.P.リード:生存者 (2000)
アンデス山中に飛行機が墜落。生存者は、仲間の死体を食べて生き抜く。
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10 月 13th, 2006
1991年、外洋ヨットレースに参加した「たか号」は出発4日目に転覆し1人が死亡、残った6人は救命筏で脱出する。脱出時のミスで食料、水など備品を失い、1枚のビスケットを全員で分け合うような事態になる。
雑談をしたり軍歌を歌って励ましあうが、ちょっとした口論を繰り返して精神的な疲労が蓄積し、生きる気力が失われていく。捜索の機影が上空に現れるが、彼らを発見できずに去っていくと、希望を失った人から次々と死んでいく。
こういった遭難では、まず水、食料の確保が問題になり、次に生還のための方法や救出活動への応答が問題になるようだ。このケースでは、雨水とそれを受ける器具に恵まれ、食料は筏の備品と偶然捕まえた海鳥で補充していた。活動を最小限にしてエネルギー消費を抑え、貨物船の航路に引っかかって救助されるという幸運にめぐまれたことも、助かった要因の一つだろう。
遭難した著者らがお互いを励ましあって記憶になる遭難事故を話し合う場面では、1970年代にアンデス山中に墜落したウルグアイのラグビー・チームの話が出てくる(Wikipedia:アンデスの聖餐)。アンデスのケースでは食糧不足から人肉食にまで至ったようだが、本書のケースと何が違っていてそこまでプロセスが変わったのか、非常に興味深いところではある。
【関連書籍】
P.P.リード:生存者 (2000)
アンデス山中に飛行機が墜落。生存者は、仲間の死体を食べて生き延びた。
松田宏也:ミニヤコンカ奇跡の生還 (2000)
中国ミニヤコンカ山で遭難。力尽き、最後は這いながらも下山。
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