死体闇取引 (2006)

10 月 13th, 2006

米国での死体横流し事件のほか、死体が大学医学部や医療機器メーカーに売られていくビジネスを取材したドキュメンタリー。米国は日本と違い、火葬件数は全体の10%程度と少ないが、葬儀習慣の点でも大きな違いがある。そうした点が悪く作用し、死体が取引されるビジネスが発生したようだ。

日本では故人の死後、遺体と遺族が過ごす習慣がほぼルーチン化されているが、米国では火葬業者に遺体が引き渡されたあとは、骨として戻ってくるまで、遺族の目からは完全に隔離される。火葬炉に入るときのセレモニーも無く、炉から出たお骨を拾うことも無い。むしろお骨は完全粉砕の遺灰状態が好まれるようで、実際は別人のものでもわからないようだ。

こうした状況が死体ビジネスを活性化したようだが、大学病院では不足する解剖実習の対象として、メーカーでは医療器具のセミナーなどで利用されるという。ただ、死体ビジネスは現在に始まったことではなく、19世紀では死体盗掘者によって行われていたようだ。

【関連書籍】
吉村昭:白い航跡 (1995)
 主人公の高木が留学した英国の病院は、本書に出てくる死体盗掘の舞台だったか?(記憶あいまい)
裂けた岬―「ひかりごけ」事件の真相 (1994)
 厳冬の知床で遭難した船長が、同僚の死体を食べて生き残るノンフィクション。
P.P.リード:生存者 (2000)
 アンデス山中に飛行機が墜落。生存者は、仲間の死体を食べて生き抜く。

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14階段-検証新潟少女9年2ヶ月監禁事件- (2006)

8 月 6th, 2006

2000年、当時27歳の引きこもり男が、9年以上も少女を自室に監禁しつづけた新潟少女監禁事件に関連して、加害者の母親を中心に取材したルポ (Wikipedia - 新潟少女監禁事件)。

著者は、フライデー記者として事件発覚時に母親のインタビューに成功し、判決確定後の再インタビューを経て本書を書き上げたようだ。インタビュー相手と信頼関係を築く段取りなどは、ライター職の方には大いに参考になりそうである。

フライデー記者という出自もあってか、著述に煽動的な点がある感じがする。この手のルポの基本であるはずの、裁判の傍聴記録や事件現場、加害者自宅周辺などの分析や、追加取材を行う点は気にかけていないようである。とはいえ、加害者の母親にここまで接近し、心理学や精神医学の素養もないのに、自力で加害者の父親との関係までせまったところは評価できる。

この事件の関係書籍は、事件発覚の2000年から判決確定までの2003年までにおおむね出版されており、事件の概要を知りたい場合はそれらに当たったほうがいいであろう。

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暗い森―神戸連続児童殺傷事件 (2000)

7 月 27th, 2006

1997年の神戸市で、小学生男児が殺害された上、首を切られて中学校の正門前に放置される猟奇殺人が起こった。本書は、この一連の事件をまとめたノンフィクション・ドキュメント。加害者が14歳の中学生であったことで報道が過熱し、少年法改正の論議に及ぶなどした(WikiPedia:神戸連続児童殺傷事件)。事件の経過はもちろんのこと、話題になった犯行声明や、家庭裁判所の処分決定要旨なども全文掲載されている。

この事件は、被害者、加害者にとっても大変な出来事だと思うが、それ以上に周囲の人物たちの苦しみがあるように思う。例えば、加害者の母親は、犯行に先立って児童相談所を訪れている。本書では、母親が無意識のうちに危機感を感じたうえでの行動と想像しているが、おそらくその通りであろう。しかしながら、少年審判の決定要旨などを読むと、生育歴のなかで母親との関係に少しばかりの問題があったことも指摘されている。こうした指摘は、母親や両親を苦しめたに違いなく、本書末尾に掲載された両親の謝罪文からも、困惑や悲しみなど複雑な感情が読み取れる。

本書の述べるところでは、加害者周囲のいずれもが、加害者を受け止めることができず、不運が重なったとしている。こうした社会システムの弱点は、加害者の少年ばかりでなく、社会生活をする人すべてにとって当てはまることであろう。また、大多数の人は、加害者の周囲と同じ立場に立たされたとしても、具体的な行動は取れなかっただろう。そうした点でも非常に難しい事件で、同時に重要な問題提起があるように思われた。

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消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (2005)

7 月 15th, 2006

一家7人を惨殺し、2002年に発覚した北九州監禁殺人事件のノンフィクション。主犯の松永と内縁の妻・緒方は、緒方の両親らと、保護された少女の父を監禁、完全従属化に置いたうえで財産を奪った。金づるとしての機能がなくなると、お互いに殺害させたうえ、遺体の完全処分を指示し、実行させた。(参考:Wikipedia - 北九州監禁殺人事件)

なぜ一家7人が逃げ出さないのか、抵抗しないのかという疑問があると思う。この点が、主犯・松永の巧妙な点である。松永は、面識のできた当初は人当たりのいい人物を演じて信頼を獲得し、次に弱みを握り、さらに人間関係や社会から隔絶するように分断工作を行う。激しい拷問や食事、排便、入浴の制限が行われて、心身ともに衰弱し、一家は松永がいなければ生存できないと思いつめる (このような過程は、学習性無力感と呼ばれるらしい)。最終的に、一家は社会から完全孤立し、松永の命令に従って、一人一人殺し、殺されていくことになる。しかも遺体は浴室で刻まれたうえ、鍋で煮込み、ミキサーにかけるという工程を経て、海中などに投棄されるため、7人全員の遺体は発見されていない。

松永は、被害者との面識当初は犯罪者らしい素振りを見せず、むしろ好印象を与えている。そうして心の壁を低くさせていくことで、被害者への影響力をゆっくりと大きくさせていく。取り入りやすいと考えた場合は、殺人へとつながる第2段階へと移行していく。つまり、面識当初からすでに殺人は始まっているのである。

近所や会社などの日常では、表層的な人物評価に注意を奪われがちである。松永のような、一見社交的な人物が重大犯罪者かどうかは、とても判断がつかない。犯人の用意したプロセスのどこかで人物を見抜く目を持たなければ、犯罪被害者になる可能性があるのではないか、という恐ろしい示唆がある気がする。

【関連書籍】
14階段-検証新潟少女9年2ヶ月監禁事件- (2006)
 9年間の少女監禁。その犯人の母親を取材した本。
暗い森―神戸連続児童殺傷事件 (2000)
 14歳の少年による猟奇殺人を、発生から処分決定までまとめた本。

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